

しゃばけシリーズ。
行くつもりはなかった道を行ったばかりに、屏風のぞきを失ってしまった…。
時間を遡る連作短編。
「ゆんでめて」
火事の日から四年後、修理に出していた屏風のぞきが居なくなってしまう。
弱っていくのに強がる屏風のぞきが、らしいなあ、と思う。弱ってなかったら散々文句を言ったろうに。
屏風のぞきを探す若だんなの姿がとにかく痛々しい。
とくに屏風が燃やされたかもしれない焚口へ手を突っ込んで火傷した跡が、未だに癒えない描写などは胸が痛む。
いつも冷静に物事を判断できる若だんなが、「屏風のぞきが見つかるかも」との一心で、無理のある推測にすがるのは見ていて少し辛かった。
板絵の付喪神が屏風ではないかとか、普段の若だんななら考えないだろうに…。
今まで目を背けていた「屏風のぞきはもういない」という現実を受け入れる描写が本当に切ない。
「こいやこい」
火事の日から三年後、七之助の婚礼騒動。
今まで散々奥手扱いされていた若だんなだが、いざとなると結構大胆になるようだ。
さすが祖父母・父母と情熱的な恋愛をしてきた家系だけある。
「花の下にて合戦したる」
火事の日から二年後、にぎやかなお花見。
いつもの面々に寛朝、小乃屋兄弟、六鬼坊、さらには狐に狸と、豪華な面々が集まって非常に楽しく読めた。
みんなが妖に化かされている場面はうってかわって幻想的でいい。
「雨の日の客」
火事の日から一年後、記憶喪失の妖と大洪水。
気風のいいおねと佐助のやりとりが心地良い。
どうも佐助は人間以外にもてるようだ。仁吉はどちらかというと、人間の娘にもてているけど。
「始まりの日」
全ての始まりの日が、あるべき姿に正される。
作中通じて弱っていた屏風のぞきが、元気にしゃべる姿にほっとする。
弓手の道に進み、「存在しなくなった未来」の記憶は失ったけれど、屏風のぞきを失った恐怖は残っている若だんなの描写がなんとも言えず好き。
とくに、不意に屏風のぞきが居ないような気持ちになって、居ることを確かめて安心する場面とか、付喪神を必死に火事から守る場面とか。
そして「会うはずだった人々」の幻を垣間見る姿には切なくなった。
とはいえ、それほど未来は変わらないだろうなあ。
ひょっとすると事触れの権太には会えないかもしれないが、七之助の婚礼騒動には巻き込まれるだろうし、花見もするだろう。
おねとは…どうかなあ。結構大きな事件だったし、なんらかの形で関わりそうだ。
これから先のシリーズで、是非ともどういった変化が起こったのか書いてほしい。