忍者ブログ
Home > 記事一覧

写本師の穴蔵

本の感想などを書き溜めています。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「カーミラ」J・S・レ・ファニュ(遠山直樹)



手記の形で綴られる幻想譚。オーストリアの古城で父や使用人と暮らしていた少女ローラのもとに、絶世の美女カーミラが現れる。寂しい土地柄で友人も少なく寂しさを感じていたローラは、カーミラが時折見せる妙な様子にわずかな恐怖と嫌悪感を感じつつも惹かれていき……



「黒のコスモス少女団 薄紅雪花紋様」朱川湊人



大正初期、槇島と雪華の周りで展開されるいくつかの事件。
前作とは違い、怪異そのものより人々の営みを中心にしている。


「鬼蜘蛛の讃美歌」
婦女子が何者かに縛られ金品を盗られる事件が起こる。
鬼蜘蛛の動機はなんとなくわかるが、夢二の存在がうまく絡んでおらず、話が空中分解してしまっている印象。

「汝、深淵をのぞくとき」
井戸をのぞいて気が触れてしまった娘の噂を聞く。
表題通り、ニーチェの言葉を主題としている。真相は物悲しい。

「黒のコスモス少女団」
不良少女集団に、雪華が自分の幼なじみの陽之助ではないか確認しろと脅される槇島。
社会の底で身を寄せ合って生きる少女たちの哀しさが語られる。

「幽鬼喰らい」
槇島の元許嫁が病で寝込む。雨の夜に幽霊が部屋をのぞくと言うのだが……
解決策が人の底力を信じるもので好き。

「銀座狼々」
銀座に狼が出たという。
やっと本物の怪異がメインで登場した。

「白い薔薇と飛行船」
台風災害で父親の会社が傾き、槇島は実家に戻る。その後惣多が病を患う。
友が修羅の道を歩もうとした時、止めるのが友情か見送るのが友情か。


「体育館の殺人」青崎有吾




とある高校の体育館で男子高校生が殺された。尊敬する部長に容疑がかかったと知った柚乃は、生徒会副会長の助言に従って部室等に住みついた学年一位の男子高校生に解決を依頼する。その高校生裏染天馬は変人オタク駄目人間で――



「死神姫の再婚6 -鏡の檻に棲む王-」小野上明夜




王宮に呼ばれるアリシアとカシュヴァーン。

またアクの強い敵キャラが登場した。カシュヴァーンと自分は似ている、などと煽るゼオルディスの背景はほとんど明かされなかったので、それなりに対決は長引きそう。

主役夫妻はさらにイチャつくようになっている。カシュヴァーンも未来に目を向ける心境になってきてなにより。



「夢魔の幻獣辞典」井上雅彦



幻獣をモチーフに人々が遭遇する不思議な物語をまとめた短編集。
現代日本の男女関係が多いためちょっと俗っぽい印象を受けるものの、なかなか面白かった。



「うちの執事が言うことには2」高里椎奈




売掛けの踏み倒し騒動、練習用晩餐会に響く銃声、犬小屋の数字と衣更月の過去、そして美術館に飾られた贋作の話。

今回は衣更月という人物についてより深く掘り下げ、かつ執事の在り方について描かれている。

正直この作者の文体があまり合わない、というか必要でないとこに比喩の装飾がポンポン使われていて大事なとこが説明的に感じられるのだが、ストーリーはわりと面白い。
あからさまに怪しげな赤目がいよいよ花穎に牙を剥きそうで楽しみ。


「うちの執事が言うことには」高里椎奈




18歳でいきなり名家の当主を継いだ花穎と、同時にフットマンから新米執事に昇格した衣更月。お互い突然の環境変化への戸惑いと、慕っていた前執事の鳳が家令となり屋敷から離れたことが原因で初対面の印象は最悪。以後もいろいろとぶつかり合う。このふたりが成長し唯一無二の主従となっていく成長物語――なのだろう。たぶん。

身の回りで起こるトラブルを花穎が(時には衣更月が)推理し解決する、いわゆる日常ミステリ。まだまだスマートさには欠けるホームズ役だが、そこが逆に18歳相応でいい。
第一巻では銀食器盗難、パーティで倒れた女性と濡れ衣を着せられた花穎、庭に来た仔犬、そして花穎と小さな令嬢が誘拐される話が収録されている。

ところで引っかかるのが、花穎の特殊体質である、色彩認識への異常な繊細さを衣更月が知らなかったこと。おそらく鳳はふたりの成長のためあえて告げなかったのだろうが、そんな重要事項を引き継ぎしないのは仕事として正直どうなんだろう。

「逆行の夏 ジョン・ヴァーリイ傑作選」ジョン・ヴァーリイ(浅倉久志他)




SF短編集。
人間の身体感覚の変化と、それに呼応する精神の変容をテーマとしたものが多い。心の在り方は肉体に基づくと言ったところだろうか。


「逆行の夏」(大野万紀)
水星で暮らす主人公のもとに月から双子の姉がやってくる。
身体に内蔵される機械装置<服>の設定も面白いが、一番興味深いのは社会の在り方。
気軽に性転換でき、子供はひとりで作れるよう科学技術が発展した結果、ひとりの人間にひとりだけの子供がいることが社会常識で、現代の「両親と子供」という家族の在り方が非道徳的と批判されている。


「さようなら、ロビンソン・クルーソー」(浅倉久志)
老人が身も心も子供に戻り、冥王星に作られた南の島を模したリゾートで長い休暇をとる話。
南の島で海も陸も自由に冒険し、同年代の少女や大人の女性との関係を楽しむ。幼年期から思春期を新鮮な気持ちで再体験できるのは最高の休暇だ。


「バービーはなぜ殺される」(宮脇孝雄)
殺人事件の被害者は、個を否定する教義の宗教団体に所属していた。皆同じ顔、同じ身体、同じ声。名前を捨てて共同生活を送る中で起こった殺人事件を解決するために、女警部は宗教団体と接触する。
現実的な人類補完計画、といった感じ。一人称が「わたしたち」と複数形で、個々の体験を出来る限り共有しようとするため捜査は難航する。その個体がやったり見たりしていないことを「わたしたちがやった」「わたしたちが見た」と自然に主張するのだからやってられない。
殺人の動機がそこそこ皮肉が効いてて面白い。


「残像」(内田昌之)
視聴覚障害者で形成されたコミュニティの話。
視覚がなくなれば行動を、聴覚がなくなればコミュニケーションが阻害される。両方ともなくせば不自由極まりなく、まともに生きることも難しいと健常者は考える。だが主人公が訪れたコミュニティでは、視聴覚障害者が自立して問題なく暮らしていた。
視覚と聴覚を持たない人々がコミュニケーションツールとして扱うのは触覚(それと嗅覚も)。触れあうことで意思疎通を図る。そこでは性行為すらコミュニケーションとして扱われる。

私たちも家族や恋人との触れあいで、ある程度の感情は伝えられる。時には言葉よりも雄弁に。視覚と聴覚を知らない人々が日常的にコミュニケーションツールとしてそれを使えば、そこに含まれる情報は膨大なものになるのだろう。それこそ「言葉にできない」ほど。
言葉は万能に近いものだと無意識に感じていたが、実は「言葉にする」ことによって喪失される情報が多いことをこの作品は浮かび上がらせる。

触れあいによる非言語コミュニケーションでは嘘をつけず、自分の心理が丸裸にされる。やがてそれは人々がより深く理解することにつながり、お互い同化していく。
視聴覚という「余計」な感覚を持つ者には決してたどり着けない領域で、健常者は逆に疎外感を感じていく。「障害」の定義が逆転するのだ。
彼らが行き着いたラストは神秘的で美しい。


「ブルー・シャンペン」(浅倉久志)
映像ではなく体験――感情そのものまでも――を記録し再生・体験できる「体験テープ」が製作販売されている未来の話。
自分の体験を売る、というのはある意味身体を売るよりきついことかもしれない。自分の心情が丸裸にされ、大衆に娯楽として消費されるというのは正直嫌だ。どうしても売りたくない、厳重にしまっておきたい体験だって当然あるだろう。
メガンがなぜそんな体験テープのスターとして生きているのか、そして彼女の選択の重さが物悲しくて、とても鮮烈で好き。


「PRESS ENTER ■」(中原尚哉)
留守番電話に入っていた録音メッセージに従い隣の家へ行くと、隣人が死んでいた。
第一発見者であり、なぜか遺書によって不動産相続人にもされた主人公は、コンピュータ捜査を担当するリサと親しくなり、不可解な事件と関わっていく。
いかにもSFっぽいハッキング描写だと思っていたので、オチにはまあ納得。ちょっと星新一の「声の網」を思い出した。



「有頂天家族」森見登美彦




京都で暮らす化け狸と、その他諸々妖怪たちの物語。

主人公の矢三郎は下鴨家の三男。堅物だが土壇場に弱い長兄、蛙に化けたら戻れなくなり井戸に引きこもった次兄、化けるのが苦手で気弱な末弟とそれなりの距離を保ち、恩師の天狗・赤玉先生のもとへ通っている。
赤玉先生はかつて人間の少女をさらって弟子にし、その少女・弁天は天狗よりもなお天狗的に育つ。彼女に恋情を抱く矢三郎だが、あっさりとふられてしまう。その際赤玉先生没落の片棒を担ぐ形となったこともあり、矢三郎は師に負い目をいだくこととなった。



「殺人喜劇の13人」芦辺拓




1980年代の学生アパートで起こる連続殺人事件。



Ad

インフォメーション

管理者:dusk

PR

PR