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写本師の穴蔵

本の感想などを書き溜めています。

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「背表紙は歌う」大崎梢





出版社営業シリーズ第2弾。
取次と書店の関係、作家サイン本、倒産した出版社の本など、バラエティに富んだ内容を楽しめる。
文学賞ノミネートから発表までを書いた「君とぼくの待機会」では、読んでるこっちもどきどきを味わえた。


「平台がおまちかね」大崎梢





出版社の営業、井辻智紀が奮闘するシリーズ。
成風堂書店シリーズとはまた違った視点が面白い。
迂遠な交流が味な表題作と、本屋関係者だからこそ騒動になった「マドンナの憂鬱な棚」が好み。


「奇譚を売る店」芦辺拓





古本屋である本を衝動買いした「私」。
やがて、現実が本の世界に浸食され――といった趣向の短編集。
タイプライターを思わせるフォントで語られる文章は、なかなか雰囲気があって引き込まれる。

各短編としては、少しほろ苦さを感じさせる結末の「こちらX探偵局/怪人幽鬼博士の巻」と、意外な結末の「青髭城殺人事件 映画化関係綴」が好み。
表題作は本全体の構成をまとめ上げるものだが、このまとめかたがとても良い。
それまでの各編は「作中作」に「作品の現実」浸食される、という展開なのだが、それを読んできた後なので結構ぞくぞくした。



「天冥の標VI 宿怨」小川一水





怒涛の展開。
<<救世群>>と<<非染者>>の攻防、被展開体達の三つ巴など、さまざまな面で物語が進行していく。
IIVまでに語られた物語が、どうやってIにつながるのかがようやく見えてきた。

Iで出てきた<<石工>>ことカルミアンが、ずいぶんと状況を拗らせてしまったようだ。
まさか、こんな食えない種族だとは思ってなかった。
カルミアンも人類も、お互いが初めて接した異種族だった、というのが悲劇の原因なのだろう。
まったく別の思考形態である、ということを前提にしていないというか、自分たちの常識の範囲から抜け出せなかったというか。

VIでは誰がミスチフに乗っ取られ、敵になっているのかが分からない…という、ちょっとしたホラー的展開になっている。
アイネイアとイサリの因縁は本当に重苦しいものになってしまった。
悲劇の立役者たるミヒルも、その背景を思うとどうしても憎み切れない存在だ。
ラゴス(キリアン)との別れのシーンはなんとも言えない。

ところで、Vの農家の話がここまでストーリーに食い込んでいるとは正直思っていなかった。
オムニフロラの怖さを暗示させるサイドストーリーだとばかり思っていた。
このシリーズ、本当に無駄がない。

VIで展開される物語はどれも手に汗握るものだ。
なかでも一番読み応えがあるのは第五章、シリーズ名を冠する「天冥の標」だろう。
敵対しながらも、解決策を探しながら交渉するブレイドとシュタンドーレの絆が熱い。
命がけの手さぐりで、なんとか先へ進もうとする描写には心が震える。
そして、妻たちの支えも忘れてはいけない。
夫を支えるアリカとエフェーミアの尽力なくしては、この二人の交流も築きあげられなかっただろう。
残念ながら悲しい結末になってしまったが、彼らの希望、「小さな一つの道しるべ」は、きっとメララが背負っていってくれる。



「天冥の標V 羊と猿と百掬の銀河」小川一水





これまでの物語で断片的に語られていた、ダダーのノルルスカインとミスチフの正体、そしてすべての始まりが語られる。

いやはや、とんでもなくスケールが大きい。
しかもその途方もないスケールの大きさを、読み進めていくとなんとなく実感できてしまう、というのがすごい。
タイトルの「掬」とは手ですくう、という意味なのだそうだ。つまり、「百掬の銀河」とは銀河を百回掬う、ということになるのだろうか。

被展開体、特にノルルスカインの在り方が興味深い。
各ストリームは同じ「ノルルスカイン」というアイデンティティを持つが、それぞれ個性を持っている。
同一個体というよりかは一つの種族、と捉える方がいいだろう。
IIIでフェオドールのストリームを失った時に残念がっていたのは、全く同一の存在は造り出せないからだったのか。

ノルルスカインとオムニフロラの在り方は対立している。
個性を尊ぶノルルスカインと、全て同一の存在に塗りつぶすオムニフロラ。
IVの『混爾』と『不宥順』の概念は、これを暗喩しているのだろうか?


一方、並行して進む小惑星農夫の話もこれまた面白い。
小惑星ならではの農法とか、遺伝子改良失敗の悲劇とか、治安の悪化が流通に与える影響とか、一つの作品として十分に成り立つものだ。

各巻で趣向をガラッと変えながら進む、このシリーズの行き先が楽しみ。

「天冥の標IV 機械じかけの子息たち」小川一水





IIIから数年後、人間に性愛奉仕するアンドロイドである<<恋人たち>>の物語。
キリアンとアウローラは理想的な性交『混爾』を模索し、試行錯誤する。

とにかく全体を通して、これでもか、と書きつくされた二人の行為が圧巻。
ここまで徹底的に二人の行為を掘り下げた作品もなかなか無いだろう。
なにもここまで書かなくても…と思わなくもないが、ここまで書きつくしたからこそ、最後に二人が到達した答えの哀しさが際立つのだろう。

ところで、物理的に複数の人格を統合させる『不宥順』についてラゴスが出した結論には、
いわゆる人類補完計画を思い出した。
人類補完計画的な概念は多数の作品にでてくるが、"『不宥順』に『混爾』を求めてはいけない"というのは結論が端的に表されてて良い。
昔のライトノベル、「MAZE☆爆熱時空」も思い出したが…あれは作風のせいでかなり明るい結論を出していたなあ。



「天冥の標III アウレーリア一統」小川一水





アクリラの先祖、<<酸素いらず>>の一族であるアダムスの物語。

宇宙船を使った本格的な戦いで、SFといって一般の人が想像するのはこういうものではないだろうか。
真空でも活動できる<<酸素いらず>>の戦い方や、彼らが生まれたわけ、独自の文化などがきちんと構成されていて面白い。
Iでも描かれていたが、<<酸素いらず>>の気風のいい性格が魅力的だ。

ストーリー全体の要である救世群は、IIから三百年たっても不遇な状況は変わらない。
千茅と圭伍の因果はグレアとジュノに受け継がれていく。

本作では、ストーリーの重要な背景の一端が明かされる。
謎めいた存在のダダーと、伏線として暗示されてきた黒幕的存在の由来が少しだけ語られ、次巻につながっていく。
まだまだ謎が多く、続きが気になる作品。

「天冥の標II 救世群」小川一水




前作から800年ほど遡り、すべての発端となるストーリーが描かれる。

中世を模した世界での革命とはうって変わって、現代で巻き起こるパンデミックの物語だ。
感染したら高確率で死亡し、生き残ってもウイルス保持者となってしまうため、生涯隔離される。

パンデミックへの対処の描き方に非常にリアリティがある。
特に「P-4(名目3)」の注意書きなど、バイオセイフティーレベルの取り扱いが現実に即していると感じる。
ちなみに、バイオセイフティーレベルとは、どれだけ危険性のある微生物やウイルスなどを扱う施設なのかを示す指標のこと。
なお、日本ではレベル4の施設は2か所ほど存在するが、現在では近隣住民の反対によりレベル3での運用のみ行われている。

患者群への非合理的な対応も、また現実味を伴って胸に迫ってくる。
千茅の親友となった青葉も、施設を出た後は手を洗ってしまう。施設のウイルス封じ込めが不完全なら、そんなことしても何の意味もない。
専門家である華奈子も、「穢れ」の観念を口にする。つかみどころのない感情を、非常に的確に表した言葉だ。

度し難い人間の業が、必然と言ってもいい物語を展開する。
この物語が、どのように「メニー・メニー・シープ」につながっていくか楽しみ。



「天冥の標I メニー・メニー・シープ」小川一水





植民惑星メニー・メニー・シープを舞台にしたSF。

電気を酸素代りにエネルギー源として使う一族や、電気仕掛けの羊、アンドロイドなど、いかにもSFといったギミックが登場する。
異種族同士の交流や、アンドロイドの自己表現、虐げられていたものの覚醒、仲間の屍を乗り越えながら闘う姿…などが、非常に熱くしっかりと描かれている。
正直、この上下巻のみで物語が完成されてもおかしくないくらいだ。
…と思って読んでいたら、最後でひっくり返されてしまった。
今まで読んできたものは、壮大な叙事詩のプロローグに過ぎなかったようだ。

壮大な物語では、ともすれば個々のキャラクターは簡略化されがちだ。、
この作者はきっちりと一人一人の登場人物を肉付けしているので、感情移入し、物語に没頭してしまう。
しかし、その登場人物たちに容赦はされない。彼らの苦悶、葛藤、悲哀を飲みこんで、ストーリーは進んでいく。
全10巻を予定したシリーズだそうで、是非最後まで見届けたいところ。


「ひとつ火の粉の雪の中」秋田禎信




秋田禎信氏のデビュー作、「ひとつ火の粉の雪の中」が復刊。
書き下ろしの掌篇収録とのことで楽しみにしていたが、本編がかなり改稿されていて驚いた。
書いた作品にはあまり手をいれない方だとばかり思っていたので。



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管理者:dusk

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